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キングスがレイカーズに敗れた時

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キングスがレイカーズに敗れた時

とうみんコラム目次   
2003/06/16   

2002年6月某日
世界中は FIFA ワールドカップ COREA/JAPAN の熱狂に包まれていた。
私も日本国内で大いに大会を楽しんでいたちょうどその時...
キングス対レイカーズがどの程度の認識だったかというと、
それはディバッツ(とペジャ)のいるチームがアメリカで頂点を目指している、
ユーゴスラビア人の奮闘を見守る、その程度。
もちろんレイカーズがどれくらい凄いかなんて関係なくディバッツを見ていた。

私は名古屋の英雄、ピクシー・ストイコビッチを通じてサクラメント・キングスを知っていた。
以前日本でピクシーとディバッツが対談したのだ。

誇り―ドラガン・ストイコビッチの軌跡 誇り―ドラガン・ストイコビッチの軌跡
木村 元彦

ピクシーとディバッツの対談の模様は「誇り」の文庫版に収録されている。
飛び入りでストヤコビッチとネステロビッチが参加。


ここで登場するのがジゴロズキンさんだ。
ジゴロズキンさんは1992年のバルセロナ五輪より前からのバスケマンであり、
ここ10年の私の基本的なバスケ情報の提供者(それは今も変わらない)なのだが、
この年あまりにもNBAプレーオフに興味を持たない私に一言、
『NBAにはスペイン人もいるよ』といつもとは別角度からのフリ、
(毎年この時期はよくプレーオフの話題で話してはいたのです)
つまりスペインに行っていた私にはスペイン方面からの攻めの方がいいだろうと。

私はパウ・ガソルを知った。

彼の存在はワールドカップに夢中だった私を一気に魅了した。
グリズリーズというチームに所属している事、
そのチームは相当弱いという事、
パウ・ガソルはまだまだこれからのプレイヤーである事などを教えてくれた。

さらにジゴロズキンさんは3年前アメリカ・スペイン・日本が総当たりで戦った、
さいたまスーパーアリーナ開館記念 スーパードリームゲーム2000に行っていた。
観戦したのは惜しくもアメリカ対日本だったが、その時の大会パンフレットを私にくれたのだ。
がぜん引き込まれる私、しかも去年は都合よくキリンカップにてスペイン代表が来日!!
(てっきりガソルが代々木第二に来ると思ってましたよ)
来日したのは若手主体のB代表だったが、私はカルロス・カベサスのプレーに目を奪われ、
前述の大会パンフレットに載っていたスペインフル代表のメンバー、
特にロペスとナバーロはいったいどんなプレーをするのかと想像しワクワクした。

2001年のヤングメン、世界選手権@インディアナポリスと次々にスペイン情報が集まり、
1ヶ月もするとスペインバスケに限定すれば、ジゴロズキンさんよりも詳しい自分がいた。

さてキングス対レイカーズはどうなっていたのか?
私はジゴロズキンさんからレイカーズの勝利を聞いた。
何とかNBAにも興味を持ってもらいたかったジゴロズキンさんだったが、
結果、私が興味を持ったのはNBAではなく、スペインの地でのバスケットボールだった。

結局私は2002年の7月、シャックの凄さも、サクラメントの人々の悔しさも、NBAのチーム数も、
そしてバスケのルールも知らぬままに、私はスペインバスケの道を歩み始めた。







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